今治 安全安心情報館

白バイ・パトカーの紹介

パトカーの沿革

パトカーの装備
 一般的に言われるパトカーとしては、地域警察活動に使用する無線警ら車及び小型警ら車、並びに交通取締活動に使用する交通取締用四輪車のことです。
 歴史的に言えば、日本の警察にパトカーが導入されたのは、昭和25年6月に当時自治体警察であった警視庁に初めて3台の無線警ら車が配置されたのが最初とされています。

 パトカーの外観上の一番の特徴である白黒ツートンの塗装については、昭和23、4年頃、自治体警察の一部にジープ等の車両の全体を白色にしたものが見られたものが、未舗装道路がほとんどであった当時の道路事情からくる車体の汚染が激しかったことから廃止され、自治体警察であった警視庁が米国のパトカーを参考にして在来の黒色セダン型車両を基本に白黒ツートンを採用し、昭和30年には全国的に統一され、現在に至っています。

 また、赤色警光灯やサイレンについても一般通行車両からの視認性等の観点から順次改良を加えてきており、赤色警光灯については、当初の集光式のものから円筒型の回転式警光灯の時代及び棒形の散光式警光灯の時代を経て、現在のV型(ブーメラン型)散光式警光灯に至っており、サイレンについては、当初はモーター式であったものが現在ではアンプ式になっております。

白バイの歴史
 交通指導取締活動に用いられる自動二輪車は、「白バイ」の愛称で国民の間で定着しており、その機動力を活かした交通指導取締活動はもとより、マラソン大会の先導、二輪車安全運転教室等の交通安全教育の場においても幅広く活躍しています。

 「白バイ」の歴史は、大正7年に警視庁で導入された交通取締用の自動二輪車に始まります。当時は、その塗色が赤色であったことから「赤バイ」と呼ばれていましたが、昭和の初期、ヨーロッパにならって塗色を白色に変更したことから、その愛称も「白バイ」となり、現在に至っています。


白バイの装備
 現在使用されている「白バイ」は、現代的なスタイルになるとともに、排気量も800cc以上に大型化され、車両の側面及び後部に赤色灯を配置するなど、機能的な充実が図られています。

 また、全国の白バイ乗務員が参加して行われる「全国白バイ安全運転競技大会」が毎年開催されています。

 これは昭和44年に1回大会が開催され、以降毎年10月の土日に行われています。この大会は、全国の白バイ乗務員の安全運転技術を高め、受傷事故を防止することが目的です。 各都道府県警察・皇宮警察の白バイ乗務員のうち技能に優れた隊員が選抜され、厳しい訓練を積んで大会に臨んでいることから、「白バイ大会」のレベルは非常に高いものとなっています。

 競技種目は、「バランス走行操縦競技」・「トライアル走行操縦競技」・「不整地走行操縦(モトクロス)競技」・「傾斜走行操縦(スラローム)競技」の4種目です。

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