愛媛県今治市
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今治市のプロフィール

位置・地勢

 今治市は、愛媛県の北東部に位置し、瀬戸内海のほぼ中央部に突出した高縄半島の東半分を占める陸地部と、芸予諸島の南半分の島しょ部からなり、緑豊かな山間地域を背景に、中心市街地の位置する平野部から世界有数の多島美を誇る青い海原まで、変化に富んだ地勢となっています。



市の沿革

 今治地方は、古墳時代の多くの遺跡や、七世紀には伊予国府が置かれてい たことが示すように、古くから政治、経済、文化の中心地でした。

今治城 中世には村上氏などの伊予水軍が台頭し、戦国の動向に大きな影響を与えました。慶長5年(1600)、藤堂高虎が20万3千石の領主としてこの地に入り、今張を今治と改め今治城と城下町を築いて都市としての原型をつくりました。その後、松平(久松)氏の所領(今治藩と一部が松山藩)となり、明治2年の版籍奉還まで治めました。

 明治22年、市町村制の施行により陸地部の中心が今治町となり、大正9年、日吉村と合併して今治市が誕生しました。その直後より港湾の整備を進め、四国初の開港場となりました。

瀬戸内しまなみ海道 昭和に入ってから、周辺町村との合併、編入を経て、昭和37年には人口が10万人を超えました。この間、太平洋戦争での戦災に遭いながらも港を中心とした商業都市として、また、タオル、縫製、造船などが基幹産業としてめざましい発展をとげました。そして平成11年には瀬戸内しまなみ海道(西瀬戸自動車道)が開通し、中四国の交流、流通の拠点となりました。

 平成17年1月、越智郡11か町村との合併により、人口18万人となり、松山市に次ぐ県下第2の都市に生まれ変わりました。瀬戸内海の風光明媚な景観と、大山祇神社や伊予水軍城址などの歴史遺産を誇る観光都市として、また大型船の生産実績が国内の4分の1を占めるなど、造船・海運都市としても将来が期待されています。


今治の産業

富田ふ頭 今治市は、その海域において中世には村上水軍が活躍したことで有名ですが、瀬戸内の海上交通の要衝として古くから海運業が発達し、海とともに発展がもたらされてきました。80年余りの歴史を持つ今治港は、平成8年には四国初のコンテナ用ガントリークレーンが設置され、国内外の物流の拠点となっています。海運業の繁栄により、各種船舶を建造する造船業も盛んです。市内に約14の造船所を有し、それに伴う関連会社とともに日本でも有数の造船団地を形成しており、輸送用機械工業出荷額は約4,267億円にのぼります。

 また、繊維産業も盛んで、特にタオルの生産は、全国生産高の約5割のシェアを誇ります。全国的な競争力をもつ食品、電気、石油などの企業、大島石の石材加工、伝統産業として桜井漆器や菊間瓦があります。

 そのほか、穏やかな気候に緑豊かな山と美しい瀬戸内海という自然環境を生かして柑橘類、木材などの農林業や、天然、養殖ともに漁業も盛んに行われています。
今治の地場産業(商工労政課)へ
重要港湾 今治港(港湾管理課)へ


今治市の市章

今治市の市章 右下のグリーンが瀬戸内海の自然を、その横を流れるブルーが来島海峡とその上を走っているしまなみ海道を表し、包まれているオレンジ色の丸が今治市のイニシャル『 i 』の雰囲気と、自然の中で力強く光っているイメージを表しています。


市の木・市の花

 平成18年11月15日から12月15日までの1か月間、市民の皆さまを対象に公募を行い、多数のご応募をいただきました。
 これらのご意見を参考に、「今治市市の木市の花制定審議会」において審議を行い、市の木はくすのきに、市の花はつつじに決定しました。

「市の木」くすのき
市の木 くすのき (選定理由)
  1. 生命力にあふれ、大木になる姿は、新今治市のシンボルツリーとしてふさわしい。
  2. 地域住民と歴史を共にしてきた名木や若木が市内各地に生育しています。
  3. 街路樹や学校など施設の庭園樹として、多くの市民に親しまれています。

「市の花」つつじ
市の花 つつじ (選定理由)
  1. 山野、公園、庭など市内全域に植栽樹、自生樹があり、身近に親しむことができます。
  2. 今治地方の気候風土に合っており、栽培も容易で緑化推進に適しています。
  3. 種類によりさまざまな色や形の美しい花があり、多くの市民に愛されています。


今治市の政策

事業計画、環境への取り組みなど


今治市の統計

今治市の統計
住民基本台帳に基づく人口統計


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