エッセイ

原音って再生できるのか 2014/08/20

 オーディオをやめて十年になる。

 きっかけはお決まりの妻の反対だが、それでも踏み切れなかった私を後押ししたのは、そもそものオーディオの原理そのものがインチキであったことに気付いたことが大きい。

 何がインチキかというと、オーディオ信号に忠実な再生を謳っている装置、とりわけアンプがこの方法によって製作されていないことである。

 オーディオ装置で最も重要なパートはアンプである、なぜなら、ここで信号が増幅されるという危ない橋を渡るのであって、もし、ここで信号が変容されたりしたら、どんな素晴らしいスピーカーが後に控えていようと信号再生は失敗となる。

 当然、そこから再生された音は信号化された原音とは似ても似つかないものになる。

 クラシック愛好家や、その再生を主眼としたアンプ作りをしているガレージメーカーなどは口を酸っぱくして生の演奏を聴かなければいけない、でないと、この装置がいかに原音に忠実な再生をしているかがわからないというし、かくいう私も当初はその御説に何等の疑いももってはいなかった。

 それが崩れたのは、クラシック以外のジャンルを再生したときの落差だった。

 もちろん、音がでないということではない、また、雑音があったり、音の質が特段悪いということでもない。

 ただ、本来のコンセプトの音がでないのである。

 分かり易くいうと、他のスタンダードなアンプでは難なく再生される音が、そのアンプではどういうわけか出ない、再生されないのである。

 たとえばロックのエレキサウンド特有のギユーンといったうねりや重さ躍動感が表現されないのだ。

 もっとも、これがCD等のプレス時のエンジニアの音決めの結果の原音再生なら何も問題ないのだが、おそらく、エンジニアが設定した原音信号はスタンダードなアンプが再生する音であろう。

 そこで私は、はたと困ってしまった。

 確か、クラシックを再生することを売りにするこのアンプのポリシーというか、セールストークは入ってきた信号情報を一切損なうことなく忠実に増幅した上でスピーカーに送り込む世界で唯一の製品だといってた筈。

 一度、信号化したデータは音声であっても映像であっても、それら信号を忠実に増幅する以上、クラシック向きとかジャズ向きとかはもちろん、どんなジャンルであってもそれぞれのプレス時のエンジニアの原音信号の通りに再生されるのが常識である。

 そこで、この質問を製作者に問うてみたところ、まともな回答は得られなかった。

 結論からいえば、クラシックの、特にコンサートホールの音を聴いて、その音に似せるようあれこれチューニングしているアンプだということがわかった。

 これじゃあ、他のジャンルがダメなのは納得できるものの、売り文句だけは誤解のないように正しい表記をしてもらいたいと思った。

 私は、数あるアンプの中で信号を忠実に増幅できるものはここだけというその前提で、どんな音でも本来のコンセプト(原音)どおりの再生ができるということで選んだのだ。

 原理的には邪道でもクラシックしか聴かないので、その音が好きだという御仁には問題なくても私はそういう邪道原理であったら汎用性がないので買わなかったことは間違いない。

 いままでオーディオを愛好してきた人、これから始めようとする人に私の経験からひとこといわせてもらえば、以下の通りである。

 あなたが求めているものは、御自分が好きなジャンルの音が再生される装置ですか

 それとも、入力信号(原音)に忠実な音が再生される装置ですか

 もし、後者なら最大公約数的な満足感、汎用性からみて、市販のスタンダードなメーカーのアンプ、オーディオ装置を選ぶことをお薦めします。